「牧さん、プログラマ辞めるってよ」

Daisuke Maki
8 min readFeb 28, 2019

--

タイトル通りです。本日HENNGE最終出社日で、職業プログラマとして働く最後の日となる予定です。

ちなみに以下ツイートでタイムリーなネタだったので乗ったら、2週間ほど前から準備していたこのブログエントリのタイトルをそのままつぶやいてもらえる、という奇跡が起こりました。

あらためて、今日でプログラマというキャリアを終え、明日からDevRelというか、大規模イベント運営を主眼とした活動を株式会社メルカリでやっていくことにしました。

別にこれからも必要な時にコードは書きます。というか、書かないわけがない。でもそちらを生活の糧とするのはやめて違う業種にピボットすることにしました。

とは言え、自分なりに20年続けてきた分野を主戦場とするのをやめるのはそれなりに大きな決断でしたし、決断をした時は久しぶりに馴染みのバーでぐだぐだと愚痴を吐きました。正直まだ実感は沸いてません。軽い決断ではなかったですが、心機一転やっていこうという気になった次第です。

というわけで、意思表明というか、総括的なエントリを書きたいと思ってこうしてまとめています。

ピボットをする理由

キャリアをピボットする理由を端的に言えば「自分の持ってるスキルセットを一番有効に使う方向」を選んだ、ということです。

プログラムを書く人間としては僕はとても凡庸な人間です。自分が少し他人より秀でてるなー、と思うのはとにかく量を書く事ができたことなのですが、それもだんだん衰えてきたし、真の技術への理解と創造性を持った、僕よりできる人は掃いて捨てるほどいます。

しかし、YAPC::Asia Tokyoやbuildersconに関わってきたこの10年余りで、技術を柱とした会社でそういった技術にフォーカスしたイベント事業をやるためのスキルと意欲を持ってる人間は異常に少ない、という感触を得ていました。

一般客を集めるための専門のイベンターを雇うならともかく、技術者向けのイベントをするのであればこの界隈特有の感覚の理解が必要ですし、その上お金のまわり方の理解、外注を含めた内輪以外の方々のお付き合い、海外ゲストとの交渉のための言語と文化の理解、その他諸々のスキルは個別にならともかく総合的に習得するのはなかなか難しいのではないでしょうか。

そこでせっかくこれまで培ってきた知識と経験を大きく使うチャンスがあるのであれば掴むべきだろう!と一大決心をし、この道に行くことにした次第です。

イベント関連だけがタスクではないのですが、とりあえずイベント関係に関してはYAPC::Asia Tokyoシリーズで櫛井さんから教わったこと、buildersconシリーズで uzullaさんから教わったこと、その他たくさんのスタッフ・スポンサー・スピーカー達から教わったこと、そして今までコミュニティベースのカンファレンスではできなかった、自分がやりたい企画を乗せていって、新しいなにかを実現させていきたいと思っています。

あ、ちなみに buildersconは趣味なので(皆さん仕事でコード書いててもOSSを趣味でやるでしょ?)、サポートしてくださる方がいる限りは当面続ける予定です。スポンサーも募集中ですよ!

というわけで、今回これは前向きなピボットではあり、決してネガティブな感情からこの結論に至ったわけではないのですが、皆さんはネガティブな話のほうがおもしろいでしょう?と思ったのでそちらも書きます。

自分の限界と向き合う

正直に言うと40歳を超えて自分の将来を見据えた時の限界を感じた、というのもありました。

まずは自分の脳のスピードが落ちたように感じていました。生物だから老化によるペースダウンは否めないので、それもまた事実でしょう。とにかく少しずつですが自分のコードを書くスピードが落ちてるというのは感じていて、ものすごく焦燥感がありました。

「蒼天航路」より

ですが、よくよく考えるとそれはただただ自分の能力が衰えてきたというよりも、「自分の足下で起こっている技術の変化を感じた、そしてそれに取り残されつつある自分を感じた」というのが正しい気がしてきました。

事情は色々違えど、以下のヒロミの記事に自分の心境に似たものを感じました。

それでもしがみつき、テレビの仕事を続ける選択肢もあっただろう。ただ、その先に待っていたのは、支えてくれた番組スタッフからの「ヒロミさん、つまらないから芸能界に席はないです」という最後通牒だったとも思う。僕は、求められていない感の中であがいてしがみつくよりも、自分の意志で線を引くことを選んだ。「タレント・ヒロミ」を小休止させよう、と。

これは誰にも相談せずに決めた。「俺、時代に合わなくなってきた」と感じたからだ。

自分がこの業界に入った時代はHTTP+CGI+HTMLを知っていれば「技術者」でした。サーバー側で全ての処理を頑張る時代でした。その後様々な分野に手を出しましたが、基本はサーバー側でヒューリスティックをコードに落とす事が仕事でしたし、それが得意でした。

時は流れて今ではみんなスマホアプリをポンポン作り、クライアント側のJSやらなにやらで可能な限りの計算をし、MLで統計的な処理を行う時代です。下のほうのレイヤーでもFPGAやら量子コンピューティングやら、色々と変化の渦がうねっているのを感じています。

(ちなみに確定的な処理から統計的な処理への移行というと、うっすらアインシュタインを思い出しますね。彼も世界の根幹を揺るがした後に「時代に合わなくなった」人でした)

閑話休題。

それらの新しい手法は、どれもこれも基本的には理解しているつもりだし、物によってはちゃんと勉強してるし、上司とかに「今日からこれで仕事をしろ!」と言われたら、まだまだできる自信はあります。

プログラマーとして定年まで勤め上げることもできなくはないかな?とも思います。

けれど、時代と自分のスキルや肉体的な状態のズレを感じながらもしがみつきたいか?と自問自答した時に、迷いが生じていました。

そんなことを考えつつ自分の状態をこの1年くらい何度も確認して、出た答えが、チャンスがあるなら違う事をしよう、「牧さん、申し訳ないんだけど、ヘッドカウントあけてくれる?」みたいなことを言われる前に、自分の価値を最大化させるためにピボットしよう、という結論でした。

別に40歳という年齢を殊更強調するつもりはないです。プログラムを書き続けられる人は50歳でも60歳でもガンガンやっていくべきでしょう。ただ、自分の場合はここいらが潮時だと感じたのです。

そんなネガティブな気持ちと「新しい事やるぞ!」という気持ちと、ちょうどスポットがある!というタイミングが繋がったので今回のような状況になりました。

というわけでポジティブとネガティブ表裏一体な理由で今回の転職となりました。

前職でなにかあったというわけではなく、自分の人生でそういうタイミングが来た、という感じです。

またいつか自分がこれこそ俺の武器!と思える何かがあれば職業プログラマーに戻るかもしれませんが、とりあえずはたくさんの人間を一箇所に集めて楽しませること、エコシステム・コミュニティーを作るところなんかをこれからの自分の主な戦場にしていくつもりです。

そんなわけで改めて皆様、今後はいままでよりあちこちに顔を出していろんなネタを仕込んで、それらを昇華してさらにおもしろい何かをたちあげたいと思います。何卒よろしくお願いいたします。

--

--

Daisuke Maki
Daisuke Maki

Written by Daisuke Maki

Go/perl hacker; author of peco; works @ Mercari; ex-mastermind of builderscon; Proud father of three boys;

No responses yet